2017年4月23日 (日)

火花

Img_1391



又吉直樹先生の芥川賞受賞作『火花』(文春文庫)を文庫化を機に読みました。

ざっくりあらすじを説明すると、
全然売れない若手漫才師の主人公が、
神谷という先輩芸人の師弟関係となり、その彼と過ごした日々を物語として描いた青春小説です。

全体として短いながらも"お笑い"についての論考、希望を伝える良書だと思いました。

僕的には前半がとても好きで、花火大会のシーンとか結構やるな、という感じだったのですが、
ほんとに正直申しますと、「これが芥川賞でいいのか?」という感じで後半は読んでいました。

もっと青春時代の挫折やなんかも描いて欲しかったし、
時間流れの無常さや、友情やなんかも切り込んで欲しかったです。

最後なんてほとんどコントみたいな落とし方してますし、これは話題性が先行したと思われても仕方ないでしょうね。

まぁ、この作品だけがどうってわけではないですけど、
10年くらい前からの芥川賞は明らかに質が落ちているので、
本当にこの作品が一番だったのかも知れませんけど…。

受賞作として読んだ場合、こんな感じで「文学ヲワタ」っていうのが率直な感想になります。

ただ、作家、又吉氏には今後も期待できるというか、
もっといいものを書いてくれそうな予感はあります。

ときどき凄く良い文章もあり、幾つかメモしましたし。

そんな感じで、あまり心には残りませんでしたけど、
さらっと読んでお笑いについて考えてみるのも面白いかも知れないです。

"これ性の笑い"への敬畏を描いた純文学という珍しい作品です。confident

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2017年4月 5日 (水)

騎士団長殺し

Img_0356


この年の3月中旬から4月にかけて、私は村上春樹の『騎士団長殺し』を読んだ。
通勤に向かう電車に揺られながら、あるときは布団に入ってから眠りに落ちる前など、読書に使える時間は限られてはいたが、その何日かの日々はこの書籍と共にあったと確実にいえる。
といっても、無論すべての私の時間が読書に費やされていたわけではない。そろそろ齢もとり、集中力がいささか弱まっていたのかも知れない。(決して、小説がつまらなかったわけではない。)
ただ、湯船に浸かる間も、若い人妻とベッドを共にする間も、ボックサンのカステラケーキを食べている間も、私は小説がどのように展開していくのかを想像しては心躍らせていたのをはっきりと憶い出せる。

本を片手に持ち歩く私に、その物語は中世のヨーロッパを舞台にしたような歴史的なものか、あるいはファンタジックなものであるかと尋ねる人もあったが、断じてそういう話ではない。
タイトルの『騎士団長殺し』とは、ある画家が屋根裏部屋に隠していた一枚の絵画のタイトルであり、主人公は画家(絵画教室の講師をしたり、肖像画を描いたりしている絵描きなので、画家と呼ぶには正確ではないかも知れないが)であり、
あるとき彼が妻に離婚を言い渡されたところから物語ははじまる。長く孤独なあてどない旅を経て、小田原の山奥にあるかつての日本画家・雨田具彦がアトリエとして利用し暮らしていた家に住まわせてもらうことになるわけだ。
そこで暮らす半年ほどの間に奇妙な出逢いと出来事が次々と起こる、そんな内容だ。

屋根裏部屋に隠すようにして残された一枚の絵、それが『騎士団長殺し』であり、オペラ『ドン・ジョヴァンニ』をモチーフとしたその絵は主人公の心を惹きつける。娘を誘惑しようとするドン・ジョヴァンニを攻撃して返り討ちにあった騎士団長が、心臓に剣を突き立てられ、血を噴出している。
悲鳴を上げるドンナ・アンナ、その絵の左隅には地面から顔を覗かせた謎の男"顔なが"が描かれていた。

ほどなくしてそんな主人公に肖像画の依頼が舞い込む。それは谷向かいに住む謎多き富豪の免色(メンシキ)という男からだった。
その男の本当の目的とは何なのか?とにかく、主人公はその男と出逢うことになる。そんなある真夜中、静まり返った闇の奥から鈴の音が聞こえてくる…。

前半部分をざっと振り返っただけでも、なかなか興味を惹く展開ではないか、と私は思った。そこにはミステリアスでありながら、多くの興味と興奮を焚きつける何かがあった。
この先はこのブログを読む人にとって、いささか障害であるかもしれないので、ネタバレ要素は排除して説明することになるが(ブログの読者なんてひとりもいない筈なのだが)、読後にはわかるような書き方で記しておこうと思う。

『第1部蘇るイデア編』『第2部遷ろうメタファー編』と副題があるのだが、これはいつも表面的にはとても簡単なようでいて、実はなかなか巧妙かつ丁寧に書かれた村上作品(龍ではない)を文章の上っ面でしか読めない読者へのヒントみたいなものを提示してあるのが今回の一番の面白い部分ではないだろうかと感じた。それはまるで「切れてるチーズ」に切れていると説明書きがあるように。
そういう方面から物語を紐解くのは確かに難解なのだが(女性の胸の大きさへのこだわりを指摘したり、女性と簡単にベッドを共にする主人公に嫉妬を抱いたりするのはなんて楽な生き方だろうか?)、そんな概念すら持たない読者にとっては良い気づきになるかも知れない。
出版後によくいわれた南京虐殺への記述についてもそうだが、ある種、東北の震災やアウシュビッツなどの記述についても、賢明な読者であれば、それは強力なメタファーであると気づくべきなのだ。
「神曲」の地獄編のような、後半のメタファーの洞窟のくだりにしても、拡大して解釈するならば、"人類の歴史(時間)に内包された地獄"をそれこそメタファーとして描いたものであり、この作品全体が、その傷からの再生を導こうとして書かれたものであると感じとれるものである。
だから、というか、この作品は多くの謎を残してはいるが、閉じられた形で終わっているのだろう。その謎の多くはまだこの世界の誰にも解かれていないのだから。

今回、私が興味深かった点は、免色という男の存在の持つ「悪」について。60章のタイトルにもある「もしその人物がかなり長い手を持っていれば」より少し引用する。
-免色の家からまりえが自分の家を眺めた時の描写について-、「彼女の家は谷を隔ててすぐそこにあった。空中に手を伸ばせば(もしその人物がかなり長い手を持っていれば)、ほとんど届いてしまいそうなところに」(456ページ)
この部分を読んではっとなったのが、冒頭のプロローグ(プロローグはたいてい冒頭なのだが)に出てくる"顔のない男"の描写だった。
「彼はとても長い手を持っていた。」と記述されてある。そこにクローゼットを開けようとしてやめた"免色ではない免色"がこの顔のない男ではないかと推測される。
そして、顔のない男はハッピーエンドとなった物語の後日も、主人公の元を訪れ、少女まりえのペンギンのお守りを返そうとはしていない。

これに気づいた時に、免色の持つ「悪」と、物語が単純なハッピーエンドでもなかったことに、つまり完全に環が閉じれられていないことに、私は驚愕した。
それと同時に、もしかしたら、「第3部彷徨うプシュケー編」とか「第4部迫り来るパイドン編」あるいは「第5部踊る踊る大メトニミー編」なんてものが描かれるかもしれないと、これまで思いも寄らなかった期待を小さな胸に抱いてしまった。

あくまでも希望的観測だが、"私"や"免色"の物語はまだ続いていくのかもしれない。

ひとつの観念として。

p.s.偶然にもこの記事が記念すべき当ぶろぐの3500目の記事になりました。coldsweats02ありがとーdollar

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2016年5月20日 (金)

県庁そろそろクビですか?

Img_0059



本屋さんにて、目に留まった『県庁そろそろクビですか?:「はみ出し公務員」の挑戦 』(円城寺雄介/小学館新書)という一冊。

タイトルとか内容ではなく、
表紙がまんま江川達也っぽい絵柄だったので、
またどんな奴がこんなヘタクソな劣化パクりイラスト描いてるんだ、と手に取ってチェックしてみてびっくり。

なんと、表紙イラストは江川達也氏本人のようだった。

最近、漫画描いてない気がしてたけど、(※もしかしたら何か連載してるかも知れないけど調べてない)
ここまで画力が落ちているというか、もしくは手抜きの仕事しているとは、情けない。。

そろそろ漫画家クビですわ。(w




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2016年4月 9日 (土)

犬にいいものわるいもの

Img_0428



『犬にいいものわるいもの』(臼杵新 (監修) ウスキ動物病院院長 造事務所編著/三才ブックス)を買った。

人間の食べ物とか子供のおやつなどを扱ったこのテの本はブーム的にあちこちで出版されてたけど、
ペットものはあんましみたことがなかったので手に取ってみた。

基本的に1ページに1商品を写真入りで成分なども含めて何がよくて何がわるいのかを説明してあるのがわかり易くていい。

フードからおやつから、
掲載されてある商品もわりとよく見かける品だし、
とても参考になった。

◎○△×で分類されていてすぐに判別できるのもOKです。

犬好き人間にはオススメのいいほんです。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年8月 1日 (土)

卑怯者の島

Img_0313

小林よしのり氏の著作『卑怯者の島』を読んだ。

戦後70年特別企画とあるので、

早めに読まねば、と思い、優先的に読ませて戴いた。

まず、この作品は全12話の構成なのですが、

第六話までは10年近く前の『わしズム』で読んでいたものでした。

『わしズム』が休刊なのか廃刊なのかで無くなってしまったことで、

この作品の続きも気になってたのですが、

やっと読める、って感じで取り敢えず嬉しかったです。

さて、物語はある島(ペリリュー島)での白兵戦から始まる。

圧倒的なアメリカ軍に対して、

瀕死の日本兵の小隊が挑むわけですが、

主人公の神平は卑怯なことに戦闘中に敵前逃亡してしまう。

多くの仲間が死んでいった戦闘の後、

生き残った神平と隊長たち。

飢えと死の充満した洞窟に身を隠し、

闇の中で自己嫌悪と自己憐憫を抱えながら神平は悩む。

…、

『わしズム』連載時に読んでいた部分まで、

思っていた通り、戦場の残酷さを突き付けてくるような描写が多々あり、

その悲惨さを訴えた作品であろうことは間違っていなかった。

ただ、

最終話を読んだとき、

まさかの展開に「やっぱこの人天才だわ・・・」と思ったのは予想外と言うか、

驚きと感動に包まれた。

確かに今でもこれくらいは描く力のある人なんだけども、

それにしてもまぁ、スゴいですわ。。

途中に出てくる「女の愛国心なんて信じられん!」なんてセリフや、

隊長の壮絶な死の場面や、

戦闘自体の結末なんかも確かにドキっとさせられたりしたけど、

まさかあんなオチが待っていようとは。。

さらっと読んでさらっと忘れてしまうつもりの軽い読書だったのに、

一生脳裏に焼き付いてしまったかも知れん。。(w

戦後70年に手を合わせるような作品じゃなかったのかよ…。

戦後70年が経過して、

今一度深く考えておけ、という小林よしのりの執念最後の想いが詰まった一作だったと思う。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2015年6月 9日 (火)

対決対談!「アイヌ論争」とヘイトスピーチ

Img_7537

小林よしのり×香山リカ『対決対談!「アイヌ論争」とヘイトスピーチ』(創出版)を読んだ。

雑誌『創』20153月号で話題になった対談だが、

ブックレットとして別枠での販売となる。

その経緯は本書に詳しいが、

対談後にツイッターなどでの小林氏のアシスタントである時浦氏と香山氏との衝突が激化していたので、

今の出版はいいタイミングだと思う。

あとがきでその後の悪化した関係が読み取れるので、

まさにリアルタイムで読むに相応しい一冊だった。

小林氏はこの対談は無駄だった、と言った風な胸中を吐露しているが、

正直、読んでて香山氏の的外れな回答こそ多いものの、

小林氏的にとっては立場を説明することが出来た良き場だったように思う。

それにしても香山氏のその後の発言をみていると、

ヒドイものだなぁ、とは思うが。

そんな顛末も含めて、

それぞれあとがきで論争してるので、

その部分が一番のお愉しみかと。

「今回は小林さんの主張を撤回していただかないと帰れません」と始まった対談だが、

香山氏はいつ家に帰れるのだろうか。(w



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2013年9月26日 (木)

世にも奇妙なタモリ論

Img_7836

樋口毅宏の『タモリ論』(新潮新書)を読んだ。

「タモリとは何か?

オビにその「狂気と神髄に迫る革命的芸人論」とあったので、

手に取ってみたらなかなか面白い本だった。

軽妙な語り口には思考錯誤を感じるし、

彼のタモリへの愛はとても深いことは理解できた。

概ね満足なのではあるが、

実はタイトルの「タモリ論」とあるようなタモリだけに執着した本か、と言われるとそうでもない。

その部分では個人的に満足ではなかった。

読後としては「いいとも論」というのが率直な感想、、、そんな「ゆるい」印象だ。

更に言うなら「笑っていいとも!のタモリ論」。

著者は(※本人も後半に書いていたので自覚的らしい)大きく分けて、

BIG3」と「いいとも」、そして「タモリ」について論じている。

その中でもたけしについての論考がだいぶページを割かれており、

その辺がちょっとタモリと遠のいた原因だろうか?

読んでいてちょっと首を傾げたのも確か。

けど、その部分も面白いっちゃあ面白いんだけども。。。

しかしまぁ、

個人的にはもっとタモリを「真正面」から掘り下げてみても善かったのではないか、とは想った。

この著者は「いいとも」をすごく沢山観ているので、

「いいとも」で得た情報量はなかなかに豊富で、

そういう意味では脱帽するが、

タモリの神髄は「いいとも」には無いのではないか、と想うからだ。

著者はタモリを「絶望大王」と評し、

総てに絶望している、とするが、

個人的にはタモリがそれほど絶望しているとは想えない。

この本で善かった見解で、

タモリが「はかたもん」だから、

という論考があった。

だとすれば、

「いいとも」を初めとするスタッフや田辺エージェンシーの生活のために彼は「いいとも」を続けているのではないか、と。

そこで疑問に感じたのは、

決して理由はそれだけではないだろう、という想いだ。

タモリほど多趣味でうなるほどの財産がある男なのだから、

当然、そろそろもう隠居したいとは想っているだろう。

それは加齢した今では「スタッフのためだけに」なんてレベルはとっくに超えている欲求だと想う。

それでもタモリが続けている理由は何か?

それはまさに自分を「面白い」と認めてくれた赤塚不二夫に対する深い想いなのではないだろうか。

本著の冒頭で触れていた赤塚とタモリの関係からも、

これがタモリが「いいとも」を続投する最大の理由に値しないだろうか?と俺なら仮説してみるけどなぁ。

あと、

タモリを論じるには、

彼の音楽に対する造詣の深さにも触れておくべきだろう。

タモリには3枚のアルバムがあるのに、

話題にすら上っていないのはけしからん。

また、この著者が想っている以上にタモリはジャズ等にも詳しいし、

その辺りからタモリの人間的深さみたいなものも論じてもらいたかった。

いつだったか、マイルスに逢って恐縮(委縮)するタモリ、なんてのもすごく人間的だったし、

論ずるに値するエピソードだったと想うのだが、如何だろうか。

あとは江戸時代の地図やら鉄道やら坂道やら、

訳のわからない趣味もタモリの神髄ではないだろうか?

はたまた他のBIG3と較べてあまりにもプライヴェートをほとんど語らないのもタモリの神髄なのではないだろうか?

何やら後半はクレームみたいになってしまったけど、

こういう風に「タモリ」についてあらためて多くの人が考え、論じられる一冊ではないかと想う。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2013年9月25日 (水)

スモーク

Img_7802

シルヴィ・ギエムの『エヴィダンシア』を観た。

コンテンポラリーの数作を集めたものだが、

どれも驚異的に美しく、

また創造的である。

ウィリアム・フォーサイスの「SOLO」はアドリブとは想えないスピード感ある作品で、

ギエムの「ブルー・イエロー」は抑えた動きながらも何度も観るほどに味のある振り付けが魅力だ。

だが、

マッツ・エックとのパ・ド・ドゥが見物の「スモーク」は芸術性が非常に高いデュエットで、

更にメッセージ性も強いので特に善かった。

特に後半とかは驚きの連続だったなぁ。。

なんて振付だ。。

「ムーヴメント」「風の中に誰かがいる」はダンスそのものと言うよりも、

映像的にちょっと前衛を狙ったもので、

実験的な作品となっている。

一見の価値アリですじゃ。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2013年8月10日 (土)

Tweet&Shoutニュー・インディペンデントの時代が始まる

Img_7455

津田大介のTweet&Shoutニュー・インディペンデントの時代が始まる』(SPACE SHOWER BOOKS)を読んだ。

インターネットにより、

人々の音楽の聴き方が変わりつつある今-すでにもうかなり変わってしまったが-

その変遷から音楽の未来までを語る一冊だ。

数年後には何かしら結果も出ているだろうから、

この本の役割は今しかないと想い、「今でしょ!?とばかりにすぐに購入した。

cdが売れなくなって久しいが、

同時に音楽配信がこれからどのように音楽業界、もしくはアーティストが活用して行くのか、という辺りがこの本の最も読みどころだと想うのだけども、

そこには大きな可能性が潜んでいる気がした。

実は最近当ブログには書いてないけど、

ずっとcdを買い漁り続けている身としては「アぁ??音楽配信?」って感じもしなくもないけど、

確かに個人的にもcdに対する興味が薄れているのも現状だ。

それには理由があって、

短期間に何度も手を変え品を変え、マニアに買い直しさせるべく紙ジャケ化だのなんだのと音楽業界が策略と愛情なしに乱発した結果、

完全にcdの盤としての価値が失われたってこと。

(特に、いくら名盤でもいつでも手に入るようなものは所持する必要性を感じなくなった。)

また、新たに生み出される音楽がmp3(データ)で充分なレベルなこと。

そしていい加減部屋への収納が限界であること。(w

ま、私の見解はさて置き、(w

その辺りを含めて、

消費されゆく音楽だけにスポットを充てて検証された語り口は充実している一冊だった。

詳しくは本書で確認されたいが、

結論としての「300人を確保せよ」という部分は、

奇しくも岡田斗志夫氏の提唱する「評価経済社会」(FREEex)と同じなんだよね。

やっぱ、これからはそういう方向性しか無いのかな…と若干淋しい気分も残った。

これからの音楽がどうなって行くのか、

模索中の今だからこそ、

読んでおきたい一冊だと想う。

個人的には、

音楽は聴かれてナンボなので

無料でも善いからとにかく聴かせまくって、

ライヴに脚を運ばせるしないと想いますけど。。。て、

プリンスはそう結論したよな、確か。(w


p.s.なんつーか、評価経済社会はインターネットが伸び行く今からしばらくは確かにアーティスト系(タレント)には当てはまるかと想う。。。けど、ネットかもう終わりみたいなもんだと感じてるし、どうなるものかはほんとわかないけどね。。。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2013年7月 6日 (土)

21世紀のEV.Cafe

Img_7209 『村上龍と坂本龍一/21世紀のEV.Cafe(SPACE SHOWER BOOKS)を読んだ。

学生時代に読んでた『超進化論』が懐かしいが、

あれからもう30年ぶりとは驚いた。

お二人も齢をとったが読者のわしも齢をとったものだ。

そんな同窓会みたいな雰囲気が出てて善かったなぁ~。なんて(w

さて、

あの頃から少しは勉強して進化して来たつもりだったが、

このお二人も勉強しているのでわしくらいの進化では付いて行くのがやっとだった。

けど、それでも「なるほど」と考えさせられる内容は相変わらずだ。

坂本氏は独自の哲学的なものを多く持ち出して来るが、

村上氏は冷静さと分析を軸として話を展開するのよな。

そのキャラクターの違いと使い分けもこの対談集の見所なわけだが、

そこらも相変わらず健在で非常に愉しめた。

対談のスタイルとしては、

専門家を一人交えてのトークが数本・各パートに区切られて掲載されている感じだ。

それにしても、

こういう建設的で中身のある議論というかトークがもっとテレビとかで観たい気がするなぁ。

くだらない討論を朝までやってるよかよっぽど深イイぞ、これは。

おまけに、

311後のスペシャル対談なども2本掲載されているので、

『エスクァイア』の不定期連載を読んでいた人にも御勧めだ。

今の日本に必要なこと、

その渦の中で生き残るための術が記されている、とまではいかないが、

幾らかのヒントくらいは得られた気がする一冊だ。

今、読んでおくべき本なのでしょうね、たぶん。

p.s.電子書籍で読むべきなんでしょうが(w、未だに書籍でしか読めてません。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧