2018年6月 6日 (水)

燃えよドラゴン

Enterthedragon

ブルース・リー主演の映画『燃えよドラゴン[特別版]』を観る。

当たり前過ぎてこれまでブログに書くなんて発想すら浮かばなかったくらいの名作なんですが、
部屋を片付けていたらdvdがポロッと出て来たのでこれも何かの思し召しかも知れないので、
一回くらいブログに感想とか書きます。

この作品は、かなり幼少の頃、リー先生の死後話題になっていたことから、
親に連れて行かれ劇場で観たのを記憶しています。

公開年を見ると幼な過ぎるだろ、と思いましたが、
そんな子供でも内容を理解していたし、映像も鮮明に記憶しておりまして、
映画の帰りにプラチック製のヌンチャク振り回していたのは遠い想い出です。
(※リバイバル上映だったのかな?とも思いましたけど、ヌンチャク売ってたりしたし、ブルース・リーが死んだってのが凄く印象に残ってたので、リアルタイムだった気がします。)

ストーリーは、シンプルそのもの。
麻薬密売組織の独裁者みたいな男、ハンの支配する孤島は証拠がないため警察も踏み込めないし、
銃器などの武器も持ち込めない。
そこで、少林寺の達人のリーがハンの主催する武術トーナメントに参加して麻薬密売の証拠を探る、といった話しです。

ただ、確かに単純な話しなんですけど、
その島に向かう船での回想シーンとかで各登場人物の過去だったり参加する理由なんかを短時間で描いてたり、
説明し過ぎない脚本だったり、結構、映画としてシブかったりします。

この辺が時代もあるんでしょうけど、
「ザ・子供向け」みたいな作り方していないのが現代にまで語られる映画になった要因じゃないでしょうか。

それもその筈で、ブルース・リー先生のアクションがもう本気でホンモノ過ぎて、
映画スタッフも真剣に作らないと殺されたかも知れないくらいの迫力があります。

予算的にはB級映画だったと訊きますが、
リー先生のカリスマ性だけで完全にA級映画に仕上がっておりまして、
本当に今観ても色あせていません。

それ以降の、特に「ストリートファイターⅡ」の映画とか、
この作品みたいなのを目指していたとは思うのですが、
不思議なくらいどうしてもこうしてもこの作品に及んでないのが不憫です。

一方、今観ると意外と「未来少年コナン」とか、あの辺にも影響与えてたのが発見でした。
ついでに「北斗の拳」のケンシローとか「キン肉マン」のベアクローとか「コブラ」のラグボール篇とかはいうまでも無いですが。(w

さて、それでもっと意外だったのが、リー先生の格闘シーンが思ってたより少な目だったこと。

なんかずっと戦っていたイメージでしたけど、
冒頭の格闘シーンから1時間くらい格闘しないんですよ、驚いたことに。

それが溜めになってて後半一気にぶちのめすからインパクト強かったんだろうなぁ。

そして、あの例の最後のハンとの闘い。
鏡張りの部屋は映画としての完成度を一段上げたと思う。
このアイデアが無かったらちょっとハン相手では最後盛り上がりに欠けていたと思うし。

そんな感じで久しぶりに愉しんだ『燃えよドラゴン』、観たことある人も無い人も、
レンタルとかしてみて欲しい一作です。

これぞカンフー映画の金字塔です。

正直、子どもの頃には映画ってのはこんなにすごいものなんだと思って来たけど、
実はこんなすごい映画はその後なかなか出逢えなかった気がします。
特にここまで血沸き肉躍るような理屈抜きのカッコいい映画はもう出ないかも知れないですね。

アチョーッ!!!!!!!




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年6月 2日 (土)

バースデーカード

Hashimoto


吉田康弘監督の映画『バースデーカード』を観る。

主人公の少女(橋本愛)が10歳の時に他界した母親(宮﨑あおい)から二十歳になるまで、
毎年誕生日になると1通の手紙が送られる。

その設定は『ニライカナイからの手紙』みたいだけど、
その設定を訊くだけで泣ける映画だと思いだいぶ期待していたし、
アマのレビュー評価も高いので観てみたのだが…、
わりと陳腐な映画で少々がっくしした。

それこそ「ファーストキスの仕方」などお茶目な恋愛指南の手紙があったり、
母親の同級生を尋ねてタイムカプセルを掘り起こしたり、、、そういうエピソードは実は結構、
娘を想いながら死した母親の気持ちみたいなものが感じられて良かったりもしたのですが、
なんせ映画の中盤で20歳の手紙(最後の手紙)が開けられ、特にインパクトのあるような手紙というわけでもなく、
ふわっと終わってしまうのだ。

ネタバレになるかも知れないんですけど、
その後、主人公は母親との想い出からクイズ番組「アタック25」に出場。
…ご丁寧に番組出場シーンもちゃんと描かれてるんですけど、
何、この違和感・・・。
急に映画が安っぽくなるんですけど、、、って感じで、
イタダケない。

最後の問題で、ちょっとご都合主義的に無理がある母親との想い出シーンを挿入して、
クイズの解答と繋げようとしたのは、多分、『スラムドッグミリオネア』みたいにしたかったのだと思いますが、
全然、ダサい…。全くダメで無茶な演出だと思いました。

まぁ、ユースケ・サンタマリアの出演もありコメディタッチな部分もあったしそれなりには許せるとしても、
この映画のテーマであり、主役って、やっぱ「手紙」と「母親」だと思うのですよ。

それが後半になると主人公だけが主人公で、
それまでちょこちょこ描かれていた彼氏と結婚してハッピーエンドでしょ?…って、
こんなもんただのブライダル映画やがな!

ギリギリ設定を思い出したみたいに「結婚式に渡して」とされる母親からの手紙が送られても、
もう遅いねん!!!

もう、こっちは1時間くらい別のベタな恋愛映画観さされて冷めてもうてるねん!!

この映画はやっぱし、20歳の手紙で終わらんとアカンし、
ものすごく胸に刺さるような手紙でないとアカンかったと思う。

それができなかった以上、
もう駄作と言われても仕方がないでしょう。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年5月 6日 (日)

牝猫たち

Bitch



白石和彌監督の映画『牝猫たち』(2017年/邦)を観る。

ロマンポルノ・リブート作品の流れでの作品らしいけど、
映画としての基盤がしっかりし過ぎててどうも「ポルノ映画」を観ているような感じがあまりしなかった。

とはいえ、映画としては観るには充分愉しめて、結構善かったです。

デリヘル系の風俗嬢3人を主役に、それぞれに出逢う客との関係から社会を切り取っていくような、
そんな映画になっています。

ただ、今のネット社会への批判や、引き籠る男や老人など、
人間の孤独を描いてはいるのですが、
…いや、それが悪かったわけでもないのですが、
その辺の視点がちょっとばかし古いかなぁ、と想いました。

僕なんかが感じているような程度の捉え方というか、
今の「リアル」はまたもっと違ってきているような気がするのです。

ロマン・ポルノの女王、白石和子さんが特別出演していたり、
とろサーモンをヨゴレ役に抜擢していたり、
本当に面白い映画でしたけど、
文学的とまではいかなかったのだけがちょっと惜しかったかな。

p.s.井端珠里、真上さつき、美知枝(※「R-100」の水の女王様)らの体当たりの演技は良かったと思います。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年4月23日 (月)

ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年-

Yabuki



阪本順治監督の映画『ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年-』を観る。

1995年から2014年までの20年間、
当時25歳だったボクサー辰吉丈一郎が44歳になるまでをインタヴューして創り上げたドキュメンタリー映画だ。

ボクシングシーンや家族などのインタヴューもあるのかと思いきや、
辰吉丈一郎がただ喋っているという作品で、
全体的に起伏がないところはあったけど、その言葉の持つ生の剥き出しのリアリティが印象に残った。

どんどん歳をとっていく辰吉丈一郎が、
その時点での本音のこもった解答を出して行くのだけれども、
どの時点に於いても、「引退」についてや「家族」についての考え方についてのポリシーは変わらない。

「引退」ということには、亡くなった父親を尊敬する心や自身のルーツだったりがあって、
そんな真っ直ぐな縦軸が一本通っていて、なんだかひとりの人間としての生き様としてええやん、と感じる。

とにもかくにも、辰吉丈一郎が引退しないせいもあって、
この作品の未完成な部分も感じなくはなかったけど、
以降も何かしら撮っていくそうなので、
彼が実際引退するときの言葉みたいなものが出るとすれば、それがどのようなものであるのか、
ちょっと期待したいと思う。

インタヴューは家族への想いや引退のこととかがテーマとして撮られてましたけど、
映像特典ではボクシングのこととか精神論、
舞台挨拶なんかも結構面白くて、本編だけで収まりつかなかった部分も含めて愉しめた一作でした。

たいてい、特典映像はつまんないのですが、本作に関しては魅力あるものでした。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年4月22日 (日)

プロジェクト・イーグル

Egle



ジャッキー・チェンが監督・出演を務めた『サンダーアーム/龍兄虎弟』(←最後に気球に飛び移る奴)の続編的作品『プロジェクト・イーグル』を観る。

一応続篇ですが、単品として観ても充分に判るのが良いです。

第二次大戦中、ナチス・ドイツが砂漠に隠した金250トンを見つければ、その1%が報酬として与えられるというインディ・ジョーンズ的な設定でジャッキーが活躍するという内容的には判り易いもので、
特に難しいこともないので、20年くらい前の当時は高校生くらいだったか忘れましたけど、
何だか物足りなさを感じた記憶がありました。

けど、今頃になってみると、
ジャッキーと仲間の女性が狙われて追われる度に物凄いアクションシーンに展開するし、
そのアイディアの量とかがてんこ盛りで非常に面白い作品でした。

まず冒頭の巨大ボールで山頂から転がるシーンとか、
映画の頭としてのインパクトが相当デカく、実はクライマックスよりこのシーンが鮮烈に記憶に残ってました。

当時はカンフー映画としてのジャッキーファンだったので、正直この時期のアクションスター化していくジャッキーに対して、
どこか馴染めなかったし、批判的に見てしまっていた気がしますけど、
この時期のジャッキーが全力でハリウッド映画に対抗していた気迫みたいなものが画面から伝わって来るのはきちんと評価しておくべきしでした。

途中、仲間の女性たちとのドタバタ劇が聊かくどくなったり何となく話しの展開が強引になっていく気がしますけど、
後半で完全に盛り返しています。

巨大扇風機を使ったアクション・シーンはユーモア度も高くて本当に最高でした。

そんな大クライマックスの最後に「人間は何を欲するのか」みたいなテーマもあって、なかなか重みもあったりして、
「いや、これは名作の域に達しているでしょ」ってな感想になりました。

フィルムの保管の問題で、結構ごたごたしてた作品ですが、
日本劇場公開版ってのが今のところ一番いいので、是非ご覧ください。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年4月11日 (水)

WE ARE X

Iamyshiki



スティーヴン・キジャック監督のドキュメンタリー映画『WE ARE X』を観る。

日本のロックバンドX JAPANの歴史をインタヴューと様々な映像資料から綴ったドキュメンタリー作品。

メンバーの脱退、洗脳、死、など、
まるでフィクションかと思うくらい次々にショッキングな出来事が起こり、展開としては飽きることなく、
ワイドショー映像などから彼らの歴史をお浚いすることは出来ました。

ただ、インタヴューとかも挿入されてるにしては、
表面的な歴史をたどったような程度で、さほど映画に深みは感じませんでした。

それはYOSHIKIという人物の目線、つまり彼のための作品である色が強く、
メンバーの死を「哀しみ」としての唯一面からでしか映し出されないからだと思いました。

復活後の最近のステージを観ても、TISHIは遠慮気味だったりして、
もう完全にX JAPANは"YOSHIKIと仲間たち"化しており、
彼に意見出来る者もいない中、このようなバンド物語を作ったのは、
冷静に見てこの映像作品は世界へのプロモーションの活動の一部でしかないでしょう。

更に穿った見方をすると、
国内に向けては伝説と化したhideの功績を刈り取るべく、
まるで石原裕次郎の遺影を片手に選挙活動する慎太郎の姿に重ならなくもありません。

父の死、hideとTAIJIの死、それを乗り越える美意識は立派なものかも知れませんが、
そんな辛い物語を売ってでも形振り構わずそれを世界へ挑む戦略として組み入れた気持は判ります。

けれど、日本のファン(特にオールドファンは40代多)は少し温度差を感じてしまうかも知れません。

個人的には、YOSHIKI氏は中二病を完全に具現化したような人で、(そこが好きなのですが)、
流石に40代の人らにはその辺がいよいよバレ始めてしまった感があります。

それもこれも『DAHLIA』以降、何十年?もアナウンスするだけで新譜を出さないのが原因だと思う。

ミュージシャンの言葉は音楽じゃないのか。

だからどんだけ物語られてもこういう反応になってしまうのです。

-これからのX JAPAN-、
その答えがニューアルバムであることを信じています。

p.s.見どころと致しましては、デヴィッド・リンチが撮った「Longing-切望の夜-」の映像が少し観れるところですか。…全体的にさり気に権力を臭わせるところもアレなんですが…、ここは流石に「おお」となりました。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年3月29日 (木)

ゴースト・イン・ザ・シェル

Kougakukidoutai



スカーレット・ヨハンソン主演の映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』を観る。

云わずと知れた日本のコミックというかアニメ『攻殻機動隊』をハリウッドで実写化した作品で、
監督は誰だっけ?と、ルパート・サンダース監督であることが調べるまで判らないような状態で観ました。

トレーラーを観て、「コレは別に観なくていい映画だ。」と僕のゴーストが囁いていたのですが
確かに観なくてよかった作品でした。

とはいえ、駄作というほど悪くはなかったのが正直な感想です。

物語は近未来、脳以外は全身擬体(サイボーグ)となった主人公"少佐"と公安9課がサイバーテロ組織と対峙するといった話しです。

荒巻役をビートたけしが演じておりましたが、中途半端に原作に近付けているためか、
ズラをかぶってアンビリーバボーしてるような違和感がちょっとシュールでした。

ま、けど、映像的にわりと見応えはあるハリウッド作品だったわけですが、
かなりというかほとんどの"画"が押井守の『攻殻機動隊』そのもので、
監督自身の持っているイマジネーションがまるで無くて、
そこがホントにつまらなかったです。

リスペクトしてオマージュにオマージュを重ねまくったらオリジナリティが何処にも無いお饅頭になってしまったって感じで、
クリエイターとしてやる気があるのかよ?と問いたくなります。

しかも、皮肉なことに実写化したが故に一周廻って押井守がオマージュした『ブレードランナー』にカブることになってしまったりしていて、
テーマにもまるで新鮮味が感じられず、むしろ古めかしい気すらしました。

多分、AIとか進化してきた今の時代だからこその実写化だった筈ですが、
今だからこその視点が必要なのに。

唯一、よかったのは、バトーが初めから擬体ではなく、途中で擬体化するところくらいかな。

スカーレット・ヨハンソンも美人だし、よかったのですが、
やはり人間が演じるが故の重たさがあり、身体のラインが見える光学迷彩姿だとなんかやぼったかったです。

なんか不満気な紹介になりましたけど、
これを初見で観るとすごく面白いと感じるひとはとても多いと思うくらいのクオリティはありますので、
結構オススメだったりもします。




| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年3月 6日 (火)

グレイテスト・ショーマン

Gratestshowman



マイケル・グレイシー監督、ヒュー・ジャックマン主演の『グレイテスト・ショーマン』を観た。

音楽を『ラ・ラ・ランド』を手掛けたベンジ・パセック&ジャスティン・ポールが担当したらしいので、
さぞや愉しいだろうという期待だけで、
一切の情報無しで観て来ました。

内容は、19世紀アメリカの実在の興行師P・T・バーナムの半生を描いたミュージカルで、
イメージしてた感じではなかったんだけど、
これはこれでなかなか良かった。

貧しい家庭に生まれた主人公の少年が、
名家の令嬢チャリティに出逢い、
その恋を描いた物語か、と情報の無い状態では考えてしまってたんですが、
冒頭ほんの数分で二人は結婚し、子どもまで生まれて、、、って急展開には驚いた。

まさにこの辺がミュージカルのマジックとでもいうべき真骨頂でした。

そんな彼が、さまざまな個性を持つ、日陰に生きるしかなかった連中を募集して、
よせ集めともいえるショーをひらくことで一攫千金を夢見るのだ。

それはのちに"サーカス"と呼ばれるのだが…。

まぁ、ざっとそんな話しなのですが、
終始テーマがはっきりしていてブレてなかったので、なかなか素晴らしいと思いました。

それも「(人種)差別」みたいな大きなテーマで、
特にアメリカなんかじゃずっと根深いものだけに、
意外と重たい内容でした。

ただ、個人的にはなんかそのせいか気持ちがはじけなかったのが正直なところです。

差別したことも差別されたことも無いので、
この映画の誰にも感情移入できなかったんですかね。

終盤、金儲けだけのために生きてきたサイコパスみたいだった主人公が、
サーカスの団員から想いもよらずに感謝を受けているシーンなんかもいいのですが、
なんか『シンドラーのリスト』みたいでちょっと残念でした。

ただ、全篇のミュージカルシーンの映像は圧巻で、
とんでもなく素敵なショーになっていましたので、
家族で愉しんでもらって差別や偏見を失くしていこうという、
そういう趣旨で観るには持って来いの映画だとおもいます。

Showmen


p.s.とりあえずサントラだけ買いましたけど、ブルーレイは買わない程度ではありますかね。サントラ聴いているとやっぱ『ラ・ラ・ランド』の大人のミュージカルぽさには届いてなかった気がしたので…。catface



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年3月 2日 (金)

バケモノの子

Bakemono



細田守監督の映画『バケモノの子』を観た。

これこそまさに「え?今頃?」ってタイミングかと思いますけど、
実は、リリース後結構すぐに観ようとしてたんですよね。

それで1時間くらいみたところでずーーーーっと、
1年~2年経つ今までストップしておりました。(w

細田監督の作品はわりと好きで好意的に観てたんですけど、
所謂、ご都合主義が目立ちまして、
ちょっと観るに耐え切れなくなってしまったんですよ。

母親を亡くした孤独な少年の九太が、なんかよく判らないままに、
バケモノたちが住む世界に迷い込んで、熊徹という粗野なバケモノと出会って、
なんかよく判らないままに修行を始める。

やがて青年になった九太がなんでか判らないままに、
現実の人間世界に還れたりして、行き来できるようになってて、
人間世界で楓という女の子に出会って、勉強したりとかする…。

そうこうしてる間にバケモノの世界でちょっとしたイベントごとがあったりしたりしたあと、
あるバケモノの暴走によって人間社会にも被害が及ぶ…みたいな大きな展開へとなっていくのですが、
もうね、結構マジで厭になるくらいその話しの接合部分がなんかボヤ~っとしてるんです。

多分、少年が修行しているシーンを入れたい、女の子と図書館で勉強しているシーンを入れたい、
バケモノ同士の対決するアクションを入れたい、人間の街が破壊されるシーンを入れたい、
というのが頭にあって、
それをなんとか繋げたらコジツケみたいなストーリーに仕上がってしまったって感じですかね…。

場面ごとには僕も好きなんですよ、結構。

けど、これだけ5つくらいしかないパズルがバラバラで組み合わさってなかったら、
全体としては観れたものではないです

映像的には「勿体ない」くらいの出来は感じるんですがねぇ。

ちなみに最後は「さよならにっぽん」みたいで、
懐かしい気がしましたが、ここまで来ると別の映画のようですらあり、
取ってつけたようなスペクタクルだった気がします。

ちよっと久々につらく感じた一本でした。



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2018年2月27日 (火)

リバーズ・エッジ

Riversedge


行定勲監督の映画『リバーズ・エッジ』を観た。

岡崎京子の原作は当時からかなり評価されていた名作だし、
今、この作品を映画化する意味といったものに少しばかり興味を持ったので、
脚を運んでみたわけだ。

あと、
漫画『ヘルター・スケルター』も傑作だったけど、
映画の方は全くの駄作だったこともあり、
いずれにせよその出来栄えを目撃しておこうかぃという気持ちもあった。

物語は'90年代半ば。

二階堂ふみ演じる主人公の女子高生ハルナが、
自身の恋人にイジメられている山田を助けることで、
やがて彼の"宝物"として見せられる"河原の死体"に象徴されるような同級生各々の秘密が表面に溢れ出して来る。

過食症のモデル、(原作当時はまだ水面下の状態だった記憶がある)援助交際にあけくれるルミなど、
どの人物もボーダーラインぎりぎり手前の状態で学生生活(青春・思春期)を維持しているのだ。

映画にはなかったセリフだが、
原作にあった「あたし達は何かをかくすためにお喋りをしてた/ずっと/何かを言わないですますためにえんえんと放課後お喋りをしていたのだ」というセリフが実は重要で、
彼らの仲良く振舞いながらも本心は隠すという「距離感」が90年代の特徴だったのかも知れない。

その距離感はこの映画にもちゃんと表れていて、
-例えば、〇〇さん、〇〇くんとか呼び捨てにしないところとか-、
この空気感がなかなかリアルで懐かしかった。

ハルナがそんな"秘密"と向き合うように展開していく物語なのだ。

あと、原作読んだ時も感じたことだけど、
最初弱かった人物が強くなり、強かった人物が弱くなるという逆転が起こるのとかが、
この物語の一番の見どころだった気がします。

だので、一風ドキュメントぽい構成でサスペンス感を演出してたりとかしてたけど、
ああいう変化球じゃなくても良かった気がしました。

それから、
携帯電話とか出てこないのが、
良かったと思う。

当時の社会病理をテーマとしているため、今となっては若干古く感じるところもあるのだが、
徹底して90年代を演出してたことで、ある種の言い訳にはなっているな、と。

ただ、もっと90年代ですよ、と最初にちゃんと知らせてないと判らないひともいるかも知れないですけど。

それにしても「性と死と暴力」という欲望の大河のそばに転がる死体という強烈に切ないイメージを社会に見ていた岡崎京子の眼力があらためて怖ろしい才能だったと感じた。

彼女が今、どんな気持ちでこの時代を見ているのかと想うとなんとかして漫画に復活してもらいたいなんて想ったりもするけど。

そしてエンディングに流れる小沢健二(元フリッパーズ)の『アルペジオ』が総てをさらって行く。

勿論、小沢健二から岡崎京子への友情の気持ちの込められた楽曲だが、
同時にそれは90年代という時代から2018年までの長い魔法のトンネルをくぐって、
事故からの長い年月を経ても岡崎京子を愛したファンとこの映画の誕生を共有できることの喜びも込められている。

今、こうして90年代を遡ってみると、
狂っていたけど、まだ人間が人間臭かった気がしなくもない。

そこから本当にトンネルを抜けたのかまだわからないけど、
この映画に再生の海へと続くひとつの川筋が見えた気がするOzatower


Fukuyou

Bestjapan



| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

より以前の記事一覧